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むかしむかし、あるところに。
王族と貴族がとてもとても威張っていて、
平民と奴隷はとてもとても萎縮している、
そんな国が、ありましたとさ。
王族と貴族はそれぞれ
自分の血筋の由緒正しさを
とてもとても自慢にしては、
互いに競い合っていたので。
その立派さを誇示するために、いつも、
とてもとても立派な衣装を、
身に着けることを常としておりました。
どのくらい絢爛豪華な衣装かと言うと、
とてもとても手の込んだ織物や、刺繍に、
数えきれないくらいの貴金属や宝石を
縫いこんでありましたので。
とてもではないが自分ひとりでは
身に着けることなどできず。
いつも、毎日、何時間もかけて。
何人ものおつきの者たちに。
着せかけさせ、金具を止めさせ、紐を結ばせて。
「遅い!ぐず!のろま!」と、罵りながら。
「いつまでワシを立たせておくつもりだ!」
と、怒鳴り散らして。
ようやくに靴から冠まですべての装束を…
身に着けると、その重さと疲労感で。
もう立っていることなど出来ず。
車輪のついた大きな重い椅子や輿に、
どさりと腰かけて。
あとは、奴隷たちに自分を運ばせないといけない…
そのくらい、御立派で、重たくて、
高価な、衣装なのでした。
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あるとき、新参者の、どじでまぬけな侍女が。
不手際を怒鳴られて、びくついたあげくに。
高慢で威張りやな大奥様が、夜会に出かける大支度の、
とても重くて豪華な、高貴の証である外套に。
うっかり、手燭を落として火をつけてしまう…
という大変な、事故が起こりました。
めらり…めらり…
と、分厚く綺羅めく重厚な外套が、炎と煙を発して。
足元からゆっくり、ゆっくり…と。
燃え広がっていくのを見て…
とてもとても高貴な血筋を誇る
とてもとても太った大奥様は。
驚愕のあまり、よろよろと駆け出しました。
「誰か! 早く! 妾を助けてたも…ッ!」
「…お待ちください、すぐお召し物を外しますので!」
「動かないで下さいませ! 留め金が…!
硬くて外せませんのです!」
侍女や侍従たちも慌てふためいて。
めらめらと重く燃え広がっていく炎を避けながらも、
律儀に主人を追いかけましたが。
気も動顛している大奥様は、
太い腕をぶんぶん振り回して暴れるので。
複雑に編み上げた頑丈な留め金を、
はずすことが出来ません…
「誰か! 誰かある!」
めらめらと、炎は燃え上って。
結いかけだった大奥様の、長い髪にまで、火が移り…
「誰かある~ッ!!」
侍女たち侍従たちは、呆然と。
炎上しつつある大奥様を、遠巻きに眺めることしか、できませんでした…
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「…大奥様…ッ!?」
その時、忠義な輿担ぎの老奴隷が、
部屋の外から駆け込んできました。
身分が低い、卑しい奴隷ですから、
普段は大奥様のお着換えの間になど、
入ることは許されないのですが。
「…ご無礼をッ!」
叫んで、老奴隷は、大奥様に抱き着くと。
その太った体をまるごと、床にひき倒しました。
自分の手や顔が、焼け焦げるのも構わず。
大奥様を転がして、床に押し付けて。
…炎を、消し止めました…!
(なんて凄い!)
と、侍女たち侍従たちは、感動しました。
高慢ちきで、密かに皆から嫌われている大奥様を。
我が身も顧みずに、命を懸けて。
わざわざ、救けるなんて…!?
(…これは、さすがの大奥様でも。
命の恩人よと、褒めたたえるに違いない…)
と、誰もが、思いました。
(褒美は金貨かな…)
(いや、あるいは、奴隷から解放されて、平民へ昇格…?)
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「この、慮外者がぁッ!」
…ところが。大奥様は。ビシバシと。
手にしていた硬い扇で、老奴隷を打ち据えました。
「高貴なる妾を床に這わせるとは!
おのれごとき卑しき奴隷の身で、妾に抱き着くとは!
そもそも奴隷の身で、妾の部屋に入り込むとは!
おのれ、赦せぬ!
…死罪じゃ!
衛兵! 衛兵ッ!
…こやつの首をはねろ…ッ!!」
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髪が焦げ、手も顔も煤けて、
いつもの威厳も何もなくなった、
とてもとても太った、大奥様が。
半狂乱で、哭き叫んで。
老奴隷を打ち、殴り、蹴り。
暴れまわるので…
みなは、また別の意味で、驚愕し、
呆然と、眺めていましたが…
「…あら、失礼。
ついうっかり…」
そもそもの騒ぎの元凶だった、
うっかり者の、新参の侍女が。
しずしずと、進み出ました。
その鬼気迫る形相で暴れる奥様に…
ちかづくと。
「うっかり」
燃え上る手燭を。
大奥様の、髪の上に。
「とり落とした」のでした…
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「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!? 何をする?!」
今度は、こってりした髪油ごと、松明と化して。
勢いよく炎上する
大奥様を。
…だれも、救けませんでした…
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衛兵たちは、目くばせしあって。
老奴隷と、うっかり侍女は、
こっそり逃がしてやりました…
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ほどなくして。この噂は、燎原の火のように広がり。
長年の暴言や重税に耐えかねていた、家臣たちや領民たちは。
「つい。うっかり。」
と、火をつけてしまうことが、大流行しました。
重たい衣装の王族たちや貴族たちは、
逃れることも出来ず、燃え盛る炎の柱と化しました。
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そうしていつしか、王族も貴族もいなくなり。
その国は、今では、平民たちと解放奴隷たちとで、
豊かに、栄えているということです…
めでたし、めでたし。
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