★ はてな 奇 ものがたり ☆

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「  殿上人 炎上  」 ( てんじょうびと、えんじょう )

       ◆

 

 むかしむかし、あるところに。

 王族と貴族がとてもとても威張っていて、

 平民と奴隷はとてもとても萎縮している、

 そんな国が、ありましたとさ。

 

 王族と貴族はそれぞれ

 自分の血筋の由緒正しさを

 とてもとても自慢にしては、

 互いに競い合っていたので。

 その立派さを誇示するために、いつも、

 とてもとても立派な衣装を、

 身に着けることを常としておりました。

 

 どのくらい絢爛豪華な衣装かと言うと、

 とてもとても手の込んだ織物や、刺繍に、

 数えきれないくらいの貴金属や宝石を

 縫いこんでありましたので。

 とてもではないが自分ひとりでは

 身に着けることなどできず。

 

 いつも、毎日、何時間もかけて。

 何人ものおつきの者たちに。

 着せかけさせ、金具を止めさせ、紐を結ばせて。

「遅い!ぐず!のろま!」と、罵りながら。

「いつまでワシを立たせておくつもりだ!」

 と、怒鳴り散らして。

 

 ようやくに靴から冠まですべての装束を…

 身に着けると、その重さと疲労感で。

 もう立っていることなど出来ず。

 車輪のついた大きな重い椅子や輿に、

 どさりと腰かけて。

 あとは、奴隷たちに自分を運ばせないといけない…

 そのくらい、御立派で、重たくて、

 高価な、衣装なのでした。

 

       ◆

 

 あるとき、新参者の、どじでまぬけな侍女が。

 不手際を怒鳴られて、びくついたあげくに。

 高慢で威張りやな大奥様が、夜会に出かける大支度の、

 とても重くて豪華な、高貴の証である外套に。

 うっかり、手燭を落として火をつけてしまう…

 という大変な、事故が起こりました。

 

 めらり…めらり…

 と、分厚く綺羅めく重厚な外套が、炎と煙を発して。

 足元からゆっくり、ゆっくり…と。

 燃え広がっていくのを見て…

 とてもとても高貴な血筋を誇る

 とてもとても太った大奥様は。

 驚愕のあまり、よろよろと駆け出しました。

 

「誰か! 早く! 妾を助けてたも…ッ!」

 

「…お待ちください、すぐお召し物を外しますので!」

「動かないで下さいませ! 留め金が…!

 硬くて外せませんのです!」

 

 侍女や侍従たちも慌てふためいて。

 めらめらと重く燃え広がっていく炎を避けながらも、

 律儀に主人を追いかけましたが。

 気も動顛している大奥様は、

 太い腕をぶんぶん振り回して暴れるので。

 複雑に編み上げた頑丈な留め金を、

 はずすことが出来ません…

 

「誰か! 誰かある!」

 

 めらめらと、炎は燃え上って。

 結いかけだった大奥様の、長い髪にまで、火が移り…

 

「誰かある~ッ!!」

 

 侍女たち侍従たちは、呆然と。

 炎上しつつある大奥様を、遠巻きに眺めることしか、できませんでした…

 

       ◆

 

「…大奥様…ッ!?」

 その時、忠義な輿担ぎの老奴隷が、

 部屋の外から駆け込んできました。

 身分が低い、卑しい奴隷ですから、

 普段は大奥様のお着換えの間になど、

 入ることは許されないのですが。

 

「…ご無礼をッ!」

 叫んで、老奴隷は、大奥様に抱き着くと。

 その太った体をまるごと、床にひき倒しました。

 自分の手や顔が、焼け焦げるのも構わず。

 大奥様を転がして、床に押し付けて。

 …炎を、消し止めました…!

 

(なんて凄い!)

 と、侍女たち侍従たちは、感動しました。

 高慢ちきで、密かに皆から嫌われている大奥様を。

 我が身も顧みずに、命を懸けて。

 わざわざ、救けるなんて…!?

 

(…これは、さすがの大奥様でも。

 命の恩人よと、褒めたたえるに違いない…)

 と、誰もが、思いました。

 

(褒美は金貨かな…)

(いや、あるいは、奴隷から解放されて、平民へ昇格…?)

 

       ◆

 

「この、慮外者がぁッ!」

 …ところが。大奥様は。ビシバシと。

 手にしていた硬い扇で、老奴隷を打ち据えました。

「高貴なる妾を床に這わせるとは!

 おのれごとき卑しき奴隷の身で、妾に抱き着くとは!

 そもそも奴隷の身で、妾の部屋に入り込むとは!

 おのれ、赦せぬ!

 …死罪じゃ!

 衛兵! 衛兵ッ!

 …こやつの首をはねろ…ッ!!」

 

       ◆

 

 髪が焦げ、手も顔も煤けて、

 いつもの威厳も何もなくなった、

 とてもとても太った、大奥様が。

 半狂乱で、哭き叫んで。

 老奴隷を打ち、殴り、蹴り。

 暴れまわるので…

 みなは、また別の意味で、驚愕し、

 呆然と、眺めていましたが…

 

「…あら、失礼。

 ついうっかり…」

 

 そもそもの騒ぎの元凶だった、

 うっかり者の、新参の侍女が。

 しずしずと、進み出ました。

 その鬼気迫る形相で暴れる奥様に…

 ちかづくと。

「うっかり」

 燃え上る手燭を。

 大奥様の、髪の上に。

「とり落とした」のでした…

 

       ◆

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!? 何をする?!」

 

 今度は、こってりした髪油ごと、松明と化して。

 勢いよく炎上する

 大奥様を。

 …だれも、救けませんでした…

 

       ◆

 

 衛兵たちは、目くばせしあって。

 老奴隷と、うっかり侍女は、

 こっそり逃がしてやりました…

 

       ◆

 

 ほどなくして。この噂は、燎原の火のように広がり。

 長年の暴言や重税に耐えかねていた、家臣たちや領民たちは。

「つい。うっかり。」

 と、火をつけてしまうことが、大流行しました。

 

 重たい衣装の王族たちや貴族たちは、

 逃れることも出来ず、燃え盛る炎の柱と化しました。

 

       ◆

 

 そうしていつしか、王族も貴族もいなくなり。

 

 その国は、今では、平民たちと解放奴隷たちとで、

 豊かに、栄えているということです…

 

 

 めでたし、めでたし。

 

 

       ◆